南部の「私大」

一昨日の記事は「まわりと違う暦を使う」という話題でしたが、江戸時代 貞享暦で幕府が暦を
統制して以降の地方色の話題を連想しました。

ひとつは薩摩暦で、宝暦十三年の日食騒動の後、幕府編纂の宝暦暦には頼れないと独自に
編纂をはじめたもの。暦注に特徴があります。

もうひとつは、南部・津軽・松前で行われた「私大」(わたくしだい)という風習。十二月を必ず
大の月とし、官暦が小の場合は、官暦の正月二日に新年の祝賀を行うというもの。藩では
二十日正月ころ、民間では十日ころに一日とばして官暦にあわせていた由。[1]

サモアが2011年12月30日をとばして、2011年12月31日にした日付変更線の変更に以前言及
しましたが、2011年12月31日や2012年2月29日のように年末や月末を削るのには不都合が
あったのかもしれません。本件も似た事情でしょうか。

[1] 中村治子「南部の「私大」」(『暦の百科事典2000年版』P.261)

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