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zoom RSS 定時法と不定時法

<<   作成日時 : 2012/08/29 00:00   >>

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『暦と占いの科学』に定時法と不定時法の話があったので、口直しに…

『延喜式』に宮門の開閉や役人の退朝時刻に関する規定があるそうです。
斉藤国治『日本・中国・朝鮮 古代の時刻制度』P.133 の図をご覧ください。
画像

『延喜式』では季節ごとの時刻を事細かく十二辰刻を用いた定時法で規定しています。

これは、当時、十二辰刻の定時法が宮廷生活でひろく普及していて、一般の官人がそれを
意識して仕事をしていたと言うより、むしろ漏刻などを用いる専門の技術官僚が定時法を
用い、それ以外の人々は不定時法で生活していた、そしてその不定時法の時刻を追認して、
技術官僚が定時法で規定を作った…と考えることもできるでしょう。

「平安時代は定時法と不定時法の何れか?」と互いに排他する問題と設定したくなるのは、
物理時間と暦時間を同じ範疇の量と捉えるからであって、両者を別の範疇の量と悟れば、
両者が並存することに何の不思議もありません。排他的に考える必要はないのです。

この両者の流れが、
 定時法  → 物理時間
 不定時法 → 暦時間
と、その意味・位置づけを変えつつ、伏流しているように思います。
------

[2012-09-08 追記]
広瀬秀雄『日本史小百科 暦』P.206-207「わが国の漏刻」もごらんください。

この項目の趣旨は「水時計は不定時法だった」というより、「水時計は不定時の時刻
(イベント)を知るために用いられた」ということでしょう。もし前者であれば、昼夜の
時間は常に50刻・50刻でなければなりません。「季節によって昼夜の時間が60刻・40刻
〜40刻・60刻と変わるから、“水時計は不定時を保存するためのものである”」という
論理の運びは、後者としか解釈できません。日の出・日没という不定時のイベントを
水時計で知るために、60刻・40刻〜40刻・60刻という知識が必要だったわけです。

『延喜式』では季節ごと(40分割)の時刻を事細かく十二辰刻を用いた定時法で規定して
います。おそらく、水時計の実務では、定時法の目盛りの上に、開門・閉門・退朝などの
イベントをマークしたものを、毎年40枚用意して、それらを取り換えながら、開門・閉門・
退朝などの指示を出していたのではないでしょうか。そういう状況のことを想定している
のだと思います。極端な場合、定時法の目盛りは省略してかまいません。

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